AMERICAN MUSIC JOURNEY
アメリカ音楽の旅
column vol.206
文 = 島田 耕
ーマイク・オールドリッジを悼むー
マイクのドブロ美学を満載した 究極のブルーグラス・アルバム |
「マイクはブルーグラスのドブロ・ギターをフォーク、ロック、ブルース、ジャズ、ポップスとアダプトさせるという現代的な感覚を持って弾いた最初のミュージシャンだ。彼の奏法はプリミティヴなブルーグラス音楽を未来への希望に満ちた現代の音楽に作り変えた」。
いまやアメリカを代表するドブロ・ギタリストとして、ともすればプログレッシヴで難解なアコースティック・ミュージックを展開するジェリーが自分とは対極に位置するヒーロー、マイクの音楽の全体像を、多くの人に伝えようとする切実さが伝わってくる一文として忘れられない。このところ長いこと病から失語症になり、ブルーグラス・シーンの現役から退いていたとはいえ、改めてミュージシャンとしての存在感の強さを痛感させられる言葉である。
マイクの持っていた、演奏に対する独特の「柔らかさ」の感覚、研ぎ澄まされたというよりは、繊細に削ぎ落とされた簡潔明瞭な奏法。これは今のブルーグラス若手ミュージシャンの多くに欠けている、ミュージシャンにとって本質的なものではないか。
マイクはブルーグラス・ミュージシャンだけれど、カントリーからフォーク、ロック、ジャズにまで及んだその驚異的な博識と倦むことを知らない探求のエネルギーは、狭いブルーグラス的領域を遥かに越えてエリック・クラプトンやジェリー・ガルシア、ジョー・ウォルシュ、バーニー・レドン、ロウェル・ジョージ、デヴィッド・ブロンバーグ、リンダ・ロンシュタット、エミルウ・ハリス、バディ・エモンズ、ロイド・グリーンといったロック、フォーク、カントリーのスーパー・スターたちに強烈な刺激を与え続けた。マイク存命中、ブルーグラス・ドブロのビッグ・スリーといわれたジェリー・ダグラスとロブ・アイクスは「マイクなくして今日の我々はない」といい切る。
「DOBRO」(72年/Takoma)
「BLUES & BLUEGRASS」(74年/ Takoma)
「MIKE AULDRIDGE」(76年/ Flying Fish)
「EIGHT STRING SWING」(82年/ Rounder)
といったソロ・アルバムは「新しいドブロ」なるものは如何にして可能なのかを問うた作品であり、イノヴェーター、マイクの真骨頂、ドブロ・ギターのバイブルである。師であり永遠のアイドルであるジョッシュ・グレイヴスでさえマイクのコピーをせざるを得ない時代が確実にあった、その影響の強さと知的射程の大きさはこれらアルバムが証明してくれる。
マイクがビル・エマーソン、クリフ・ウォルドロンのリー・ハイウェイ・ボーイズに参加、ワシントンD・Cの「レッド・フォックス・イン」でデビューしたのが1969年。71年、ジョン・ダッフイ、ジョン・スターリング、ベン・エルドリッジ、トム・グレイたちとセルダム・シーン結成。94年にジミー・グッドロウ、ムーンディ・クレイン、マイケル・コールマンとチェサピークを結成してセルダム・シーンと袂を分かつまで、マイクの音楽は3回の節目ともいうべき大きな転機があった。
最初はブルーグラス・ドブロのパイオニア、ジョッシュ・グレイヴス以来の演奏者としての評判を大きく前進させた改革者と目された72年。セルダム・シーンのアルバムでいえばブルーグラス・センセーションを巻き起こした『ACT ONE』、初のソロ・アルバム『DOBRO』でスター、マイクが誕生した年だ。2回目は70年代後半からのエミルウ・ハリスのアルバム『ELITE HOTEL』(76年)でのセッションに端を発したスタジオ・ミュージシャンとしての時代。ドブロに加えてバディ・エモンズ、ロイド・グリーンのペダル・スティールに傾倒してナッシュビルのセッション・ワークに興味をもった時代でもある。
リンダ・ロンシュタット、ドリー・パートン、ジョナサン・エドワーズ、などとのセッションを介してドブロをフォークやロックへも進出させた一件はマイクの音楽人生のなかでの白眉といっても過言ではない。なかでも76年、77年頃のウエスト・コーストのロック・シーンでのマイクの遇されかたは舌筆に尽くし難く、あたかも教祖的存在だった。
3回目の節目となったのがペダル・スティール習得のため師事した元アーネスト・タブのホンキー・トンク・カントリー・バンド、テキサス・トゥルバドールズのペダル・スティール・マスター、バディ・チャールトンから影響されたウエスタン・スイング、それも8弦ドブロによるスイング・プレーだ。それまでのロイド・グリーンのE9thによるレイドバック・サウンドと並行したG6thチューニングによるR・Q ジョーンズ・カスタム・モデル、8弦ドブロのジャジーなファンタスティック・ワールドに活路を見いだしたその成果は『EIGHT STRING SWING』で聞くことができる。
(左〜マイク、マイケル・コールマン、 ジミー・グッドロウ、ムーンディ・クレイン) |
2007年に国際ブルーグラス音楽協会(IBMA)は特別生涯功労賞を、2012年には米国芸術院から日本の人間国宝にあたる米国伝承文化賞を授与、マイクのドブロ・ギター一筋、40余年のブルーグラス人生を讃えた。享年74歳
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