vol.174 キャシー・マティアのカントリー・フォーク

ー 力強い思考と豊かな感性 ー
キャシー・マティアのカントリー・フォーク

AMERICAN MUSIC JOURNEY
column アメリカ音楽の旅 vol.174
文 = 島田 耕

「Marty Stuart Midnight Jam」でのキャシー・マティア
(2006年6月/テネシー州ナッシュビル「ライマン」Photo by Shimada Tagayasu)
なんと力強い思考と豊かな感受性だろう。キャシー・マティアのカントリーを聞き終わって気がつくと、本ならきっと付箋だらけになり、無数の縦線が引かれていたに違いないという思いに駆られる。世間に多い陳腐な流行ものの想像力で水増ししたような、あるいはリスナーを市場調査したような類いの歌やカントリーではなかった。

 キャシーのカントリーはひと言でいえばアコースティック・カントリーである。素朴な美しさ、楽しさにアイデンティティを見いだした耳に優しいブルーグラスとフォークが一体となったカントリーといっていいだろう。そうしたカントリー・アプローチがカントリー・シーンを席捲した時代があった。カントリー・ポップ、カントリー・ロックにはないカントリー・センチメント、つまりカントリーの伝統を慈しむという感情をも触発させて、カントリー・ポップのアンチテーゼとして80年代から90年代初めにかけてリッキー・スキャッグスの主導によって推し進められたブルーグラス絡みのネオ・ホンキー・トンクとも呼ばれたストレート・カントリーに寄り添うようにアコースティック・カントリーは80年代カントリー・ブームの一翼を担った時代が確かにあった。そうした流行をナンシー・グリフィスと共に牽引したのがキャシー・マティアだった。

流行とは無縁に新たなカントリーの道を切り開き
ナッシュビルの良心といわれたキャシー・マティア
彼女はこれまでに『UNTASTED HONEY』(Mercury/'87)『WILLOW IN THE WIND』('89) 『TIME PASSESBY』('91) 『LONESOME STANDARD TIME』('92)『WALKING AWAY A WINNER』('94)という五枚のアルバムがゴールド・ディスクに認定されている。また、シングル・ヒットは一九八三年十月マーキュリー・レコードからのデビュー・ヒット「Street Talk」を皮切りに全三十七曲が「ビルボード」誌のカントリー・チャートにランクされている。その内「Goin' Gone」('87)「18 Wheels And A Dozen Roses」('88) 「Come From The Heart」('89) 「Burnin' Old Memories」('89)が№1ヒットを記録して89年と90年の二度「CMA」の最優秀女性歌手賞を受賞していることからもあの時代のキャシーの活躍の素晴らしさが偲ばれる。ウェスト・ヴァージ二アからナッシュビルに出てレストランのウエイトレスをしながら場末のカントリー・クラブでうたってきたキャシーは、授賞式で開口一番「アメリカの夢がかなった」と喜びを全身であらわした。キャシーのカントリー・スタイルは、「Once In A Very Moon」('86)でカントリー・チャート・デビューしたテキサスのナンシー・グリフィス系フォークと、大学時代に学友のティム・オブライエンと培ったブルーグラスだ。従来のカントリー・ファンとは一線を画していたフォークやブルーグラス・ファンをも取り込んだ活動は、かのエミルウ・ハリスにも似てカントリー・シーンを彩り豊かなものにし、シンガー・ソング・ライターやブルーグラスのカントリー進出に道を開いた功績は大きい。



 例えば、僕の好きな彼女のヒット曲に「Train Of Memories」「18 Wheels And A Dozen Roses」「Untold Stories」がある。最初の曲は「この汽車は苦痛で走り、終わることのない痛みで動くl」忘れようにも忘れられない思い出の数々に身を焦がす女心をニュー・グラス・リバイバルのベラ・フレックのバンジョーとパット・フリンのギターをフューチャーしたニューグラス風なカントリー・セッションでうたい、ブルーグラス・ファンの耳目をカントリーに向けさせた最初の曲だった。



次の曲は「18輪トラックと12本の薔薇、四日間の走りも後十マイル、オールナイト・ラジオで聞く曲もあと僅か。これからの人生は愛する人と共に過ごすの。やりたいことに躊躇なんかしないわよl」キャシー人気の決定打となった女トラック・ドライバー・ソング。真夜中の街道沿いのドライヴ・インで眠気覚ましのコーヒー片手に束の間の休息をとる運転手と、キャシーのうたをBGMに疾走する18輪トラックのショット。なんともエモーショナルでアメリカンなビデオ・クリップ共々忘れられない。パットのギターとブルース・バートンのスティール・ギターも素晴らしいホンキー・トンク調の名曲だ。そして作者、ティム・オブライエン(ギター、マンドリン)とうたったアクティヴなカントリー・フォーク調ブルーグラス・ソング「二人を裂くのは隠し事なのよlでももう昔のこと、二人を引き裂くトラブルを洗い流して傷ついた心を癒しましょう」と歌われた「Untold Stories」もバック・ホワイト等カントリー、ブルーグラス二股かけたミュージシャンたちとのセッションだったが、これら三曲こそナッシュビル・カントリーに対するアコースティック・カントリーの「今」とはこうだといわんばかりの代表的作品であり、従来のナッシュビル・カントリーにはなかったタイプの曲だ。凡百のカントリー・ソングなど足元にも及ばない郷愁をたっぷり含んだ遠い故郷の香りを感じさせてくれる音楽性は、当時コロラド・ベースのブルーグラス・バンド、ホット・ライズのティム・オブライエンからのものであることは一聴して明らかであるけれど、こうした感慨はいまやポップやロックと見まごうばかりに見事に一体化した現在のカントリーからは求めようもない、過ぎ去り日のカントリー・センチメントになってしまった。



 あのとき、誰もが強迫観念に取り憑かれたように、自身の音楽性の有無にかかわらず流行に乗り遅れまいと躍起になってホンキー・トンク調やホンキー・トンク・ロックをアピールしたそんな状況下に彼女のフォークとカントリーのミクスチャーに拘る頑固さは、あれから20年、『KATHY MATTEA ーCOAL』('08)で聞かれたように多少トラッド色が濃くなったとはいえ健在、 安堵させられる。

 力強い思考と豊かな感受性でうたい紡いできたキャシーのカントリーはポップやロックのように聞く者の耳を欺くような派手さとは無縁のものだった。流行という言葉が入り込む余地もないほどカントリーという音楽を真正面から見据え、もっとも自分の個性にふさわしいスタイルを作りあげてきた。そのスタイルは現在でも感動的である。

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