vol.175 ブラッド・ペイズリー

AMERICANMUSICJOURNEY
アメリカ音楽の旅
文 = 島田 耕
column vol.175

カントリー飛び出す想像力を味わい聴くー
ブラッド・ペイズリーのギター力

カントリー・ゴールド2003』での
ブラッド・ペイズリー(中央ギター)・バンド
(熊本・阿蘇アスペクタ/ Photo by Shimada Tagayasu)
いまからちょうど55年ほど前、ロックンロールの登場によってカントリーの黄金時代、「カントリー・ゴールド」と呼ばれたひとつの時代が終わり、ロックンロールとポップス併合によってナッシュビル・サウンドというカントリーに強固な体制が整い、世界のカントリー・ミュージックを標榜したときからカントリーは、ポピュラー・ミュージックの世界に組み込まれた。カントリー・ポップの始まりである。そのときカントリー・ミュージシャンの間においてもビッグ・バンのようなものが起こっている。カントリーの意識革命である。その先頭に立ったのがギタリストたちだった。

 マール・トラヴィス、チェット・アトキンス、ジミー・ブライアント、ハンク・ガーランド、グレディ・マーティン、ジェームス・バートンはいうに及ばず、ロイ・ニコルス、ドン・リッチ、チップ・ヤング、ピート・ウェイド、レジィ・ヤングといったポップス、フォーク、ロック、ブルース、ジャズと積極的に関わり、カントリーの新たな流れを生み出し現代に至る名ギタリストたちがその頃、それぞれ頭角を一斉に現わしている。このような想像力旺盛な巨人たちがカントリー・サウンドの要にいたからこそ、カントリーのいまがあるといっても過言ではない。現代カントリー・ギターの匠といわれるブレント・メイソン、アルバート・リー、ヴィンス・ギル、スティーヴ・ギブソン、ブレント・ローワン、スティーヴ・ウォリナーといったギタリストのカントリーにおける創造的な営為を可能にしたのは、先人の意識的かつ無意識的な交差のたまものに他ならない。

 そしていまカントリー・シーンはグローバルな視点とローカルな視点が、矛盾しつつもひとつに結びついて新たな時代を構築してカントリー・ポップを軸に栄華を極めているが、ここ30年のカントリー・サウンドの変化はギターとペダル・スティールによってなされてきた。とりわけギターの存在は、その技術共々筆舌に尽くし難いものがある。

 変化の発端はエミルー・ハリスのホット・バンドである。一九八〇年代カントリー・サウンドの変化をカントリー・ロックで主導したアルバート・リー、フランク・レッカード、リッキー・スキャッグスがホット・バンド歴代のギタリストであり、いずれもホット・バンド初代のギタリスト、ジェームス・バートンを師と仰ぎ、彼の系譜に連なるギタリストだったということがホット・バンドを変化の発端とする所以なのだが、同時にホット・バンドに影響された有名無名のカントリー・バンドのほとんどがギターを中心にカントリーを展開させたことも忘れてはならない。そうした中から登場してアメリカの夢を現実のものとしたのが、現代カントリーのカリスマ、キース・アーヴァンとブラッド・ペイズリーの二人。

 キースはカントリー・ロックを基盤にしたランチのスーパー・ギタリスト、ヴォーカリストからカントリー・ポップに転じスターの座を射止めたのに対し、ブラッドは古典的郷愁の印象を払拭した華やぎに包まれた新しい伝統を感じさせる現代のストレート・カントリー願望から生まれたスター歌手、ギタリスト。単なる人気歌手とは違ったギター職人としての魅力が、これまでのカントリー・スターとは一線を画している。いかにも70年代カントリー・ロック、80年カントリー・ロック絡みのネオ・ホンキー・トンク育ちである。

『CMA MUSIC FESTIVAL 2006』
アデルフィア・スタジアムステージでのブラッド・ペイズリー
ギターはクルック・カスタム・フェンダー・テレキャスター・ストリングベンダーモデル
(Nashville, TN-2006/6 / Photo by Shimada Tagayasu)

 そんなカントリー・スターのブラッド・ペイズリーがギター・アルバム『PLAY』(アリスタ)を出したのは2008年だった。スター歌手のギター・アルバムは、スティーヴ・ウォリナーの『NO MORE MR. NICE GUY』(アリスタ)以来12年振りのことだ。セッション・ミュージシャンがジェームス・バートン、アルバート・リー、キース・アーヴァン、ヴィンス・ギル、レッド・ヴォルガード、スティーヴ・ウォリナー、ブレント・メイソン、それになんとB.Bキング、ブラッドがヒーローと憧れるそのラインアップのレベルの高さに驚かされる。現代カントリー・サウンドの変化を担い創りあげてきた主役、ジャンルの越境をキーワードに選ばれたギタリストたちばかりである。



 ナッシュビルのカントリー音楽産業は善くも悪しきも保守的で、長いあいだ異種音楽を新しい表現の栄養源としながら、自ら外へ飛び出すことをしてこなかった。シンガーもミュージシャンもせいぜいヒット・ソングの二番煎じでお茶を濁し、CMAやグラミー賞候補となり、選ばれることを誉とするばかりで、悠然とスタジオに入り、ツアーに明け暮れ、カントリー・チャートに一喜一憂することがライフ・スタイルだった。それがいまでは音楽的にも思想的にも狭いカントリー世界を平気で飛び出して活動するミュージシャンが輩出している。この『PLAY』は、そうしたカントリー世界観をもったブラッドと、ギタリストたちのいまを聴くアルバムである。



 アルバムにはカントリー・ロック、ブルースからサーフ・ロックまで多岐にわたるジャンルの音楽がジャム・セッション風に収められている。それをブラッドはリスナーを欺くような高飛車なプログレッシヴ・カントリーとしてではなく、自分のバンドとのサーフ・カントリー・ロックやB.Bキングやギター・ジャイアンツとのバトルに聴かれるように、ブラッドの創造のモチーフになっているのがジャムだということが伝わってくるものから、キースとの共演のように、愛するカントリーとギターを舐めるように味わい、愛でながら聴かせてくれるものまで多彩だ。それはまるでうたと同様にみずみずしい若さと清潔感にスピード感が結びついた奔流のような勢いを持った演奏といったらいいだろうか。

 デビューから11年、14曲のナンバーワンを含む31曲のヒット曲を持ち、5枚のゴールド・アルバムを持つ30代の若きスーパー・スターは、またこのアルバムでギター・ヒーローとの交流を通じて、カントリーとジャンルを横断した世界をひとつにつなぐ新たな音楽観を手に入れ、そこからブラッド独自と称賛されるカントリー・ギターの世界を手に入れたようだ。
My Miracle 2019(single)

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