vol.179 ジョン・プライン John Prine

カントリーのツボ、
魔法を心得ているジョン・プライン

AMERICAN MUSIC JOURNEY
アメリカ音楽の旅
column vol.179
文 = 島田 耕

ジョン・プラインのカントリー・マジック全開させた
マック・ワイズマンとのデュオ・アルバム
『STANDARD SONGS FOR AVERAGE PEOPLE』

 名唱、名演といわれるスタンダードや、ヒット曲をずらりと並べたカントリーの入門用のようなアルバム、名曲集の類いはたいていつまらない。でも、コンテンポラリー・フォーク、シンガー・ソング・ライターのいまや巨匠となったジョン・プラインがブルーグラス・ヴォーカリストとして一世風靡したマック・ワイズマンを迎えてうたった『STANDARD SONGS FOR AVERAGE PEOPLE』(Oh Boy /2007)は少し様子が違う。



 「Blue Eyed Elaine」「I Forgot to Remember to Forget (「忘れじの人」)」「I Love You Because」「Old Dogs, Children and Watermelon Wine(「老犬と子供たちと西瓜ワイン」)」「Old Cape Cod」「Death of Floyd Collins(「フロイド・コリンズの死」)」「The Blue Side of Lonesome」「Don't Be Ashamed of Your Age(「恥ずかしがってはだめよ」)」ーーカントリーの古典を軸に誰でも知っているようで案外知られていない通好みの14曲が収められている。

 ジョン・プラインとマック・ワイズマン、音楽もスタイルもそれぞれ異なる2人がうたう歌は、曲調も派手さとは無縁なささやかなものばかりだ。しかし、歌の名手にかかるとなんとも情趣豊かな光り輝くカントリー・ソングへと変化する。2曲ほど聞いただけで、このアルバムは信用できそうだと気づく。それも格調高き空疎な響きとは無縁な2人の楽しい癒しのカントリー談義が聞けそうだと。

 ジョン・プラインは不思議なシンガー・ソング・ライターだ。デビューから40年。1960年代末、アフター・ディランといわれた新しい時代のシンガー・ソング・ライター待望論高まる絶頂期に、「Hello In There」「Angel From Montgomery」という老人問題をリスナーに突きつけ、「Sam Stone」「Take The StarOut Of The Window」でヴェトナム戦争をうたうなど当時の世相とイメージが重なり人気を博し、いまやクリス・クリストファーソンと共にシンガー・ソング・ライター史上にその名を轟かせている。



 しかし、そのような華麗な意匠を剥ぎ取ってみると、実にシンプルな彼のメッセージが伝わってくる。男と女、恋愛、夫婦愛、孤独と哀歓、家族そして死。それらはカントリーを突き動かす基本要素である。それがこの「庶民のためのカントリー・ソング」では、これまでのどんなアルバムより、ゆったりと漂う空気のように伝わってくる。

 たとえば、カントリーのストーリー・テーラーと呼ばれたトム・T・ホール(Tom T Hall)の名作「老犬と子供たちと西瓜ワイン Old dogs, Children and Watermelon Wine」ではジョンの比喩、酒場の老主人の繰言にさりげなく異和や心のかけらのような呟きを持ち込む。レフティ・フリゼル(Lefty Frizzell)のヒット曲「サギノウ・ミシガン Saginaw Michigan」では金に取り憑かれた富豪の男に投げかけるジョンらしい苦い笑いのメッセージが、エルビス、サン・レコード時代のカントリー・バラード「忘れじの人 I Forgot To Remember To Forget」での忘れることを忘れた男の未練を、ここでは男と女を模した掛け合いで原曲の印象を一新してみせる。「オールド・ケイプ・コッド Old Cape Cod」「ブルー・サイド・オブ・ロンサム Blue Side Of Lonesome」は圧巻だ。40年代末から50年代初頭のパティ・ペイジ(Patti Page)に代表されたポップ・スタンダード、日本人には戦後焼け跡のアメリカの贈り物にも似た郷愁はジョンの勝れた音楽観の証だ。「フロイド・コリンズの死」は60年代フォーク・ソング・リバイバルのジャック・エリオットを彷彿とさせるオールド・タイミーな演出で、「恥ずかしがってはだめよ」のウエスタン・スイングはまるでタイム・ジャンパーズのレトロ世界で意表をつく。というようにジョンの原曲を愛でながらの絶妙な演出と原曲に媚びない匙加減鮮やかないまを感じさせる演奏、それが歌のスパイス、味となっている。ジョン・プラインは歌のツボ、魔法を心得たシンガー、語り部といっても過言でない。



 相方を務めるマック・ワイズマンはブルーグラス・シンガーの中ではエキセントリックにうたい演じるビル・モンロウの対極に位置したオールド・タイミーなヒルビリーと戦後50年代カントリー黄金時代のカントリーの香りを兼備した唯一無二のバラード歌手として日本でも人気のあったブルーグラス・レジェンドだが、マックのこのアルバムで聞かれるジョンをサポートする歌のイメージ世界は同一のもの。ジョンの枯淡の歌とつかず離れず掛け合う阿吽の呼吸は素晴らしい。近年のベスト・ヴォーカルに違いない。

 「ジョンやクリスを聞くときはリラックスよ。肩の力を抜いて深呼吸!」といったのはメリポサ・フォーク・フェスでのジョーン・バエズだったか、ファーム・エイドでのボニー・レイットとリッキー・リー・ジョーンズだったか。真を得た言葉だと思う。そうして構えずゆっくり聞くことがこのアルバムを楽しむコツだろう。これまで充分聞きなれた歌とはニュアンスが異なるジョンとマックの心の内を語った歌詞を味わうには、経験する時間をゆっくりにすることが、慌しい人生の意義を知るために必要だということが納得される。

 このアルバムのすぐ後に第2集ともいえるアイリス・ディメント(Iris DeMent)、コニィ・スミス(Connie Smith)、ルシンダ・ウイリアムス(Lucinda Williams)、エミルー・ハリス(Emmylou Harris)達女性カントリーとのデュオ・アルバム『JOHN PRINE IN SPITE OF OURSELVES』を出したが、最近のジョンはまるでB級グルメの語り部、ストーリー・テーラーのような貪欲さを持って、カントリーの古典の食べ歩きを楽しんでいるかのようだ。



 いま、ジョン・プラインの世界はかつて70年代のときのような悩めるアメリカ社会を背景にした時代の苦悩や不安、憤りは優しさと悲しみの人生模様へと様子を変えてあるようだが、40年前に「サム・ストーン」「ハロー・イン・ゼァ」「パラダイス」でいきなりボブ・ディランが出てきたような衝撃を与えたあの時代のTシャツにジーンズ姿のような語り口、王道を行く異端児ぶりは健在だ。

 カントリーとナッシュビルにラブ・コールを送り続けて30余年、信者と呼んでもおかしくないファン、ミュージシャンに囲まれながらもカントリー・アワードとは無縁に生きてきたジョンの勲章は、1992年度のグラミー賞「コンテンポラリー・フォーク部門」最優秀賞受賞ひとつだけである。

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